【現実は自分が作っている】
スポーツジムのフリーウエイトエリアの“あるある”ですが、器具の置き方が乱雑というか、一つ一つの動作で出す音が大きい人がいます。
バーベルをラックに戻す時にワザとかと思うくらい、「ガシャーン」と大きな音を出して、周囲を威嚇するというか、そんな感じの方がいます。
“お前らより俺の方が強いかんな”的な光線を撒き散らしている感じです。
こういう時にその音を出している方に対して正面から反応し、睨み返す人がいます。“ケンカ売ってんのか”的な感じで。すると益々険悪な雰囲気になります。そのエリア全体が殺伐とした、一触即発的な嫌な感じになります。
自分はそういう時どうしていたかというと、即ビンビンに反応し、同じように威嚇光線を撒き散らしてました。「(てめーうるせーんだよー、やんのか、おら)!」と表情出しまくりでした^^;
でも今は、全然反応しません。気にしません。
『その現実(=ガシャーンと器具をおいて嫌な奴だな〜と感じていること自体)を作っているのは全て自分である』
ということをいつも意識できるようになったからです。
音を出している人はわざと喧嘩を売らんがために音を出していると自分が勝手に思い込んでいるだけなのです。多分、その人にはそんな意図はないです(仮にあったとしても自分の中で現実を作り直すことの方が何百倍も生産的です)。
単に元々粗野な方なだけなんです。そう思えば現実も変わります。
殺伐な雰囲気を”感じている”のも自分なんですよね。実際、オラオラ光線を出していない方(反応してない方)もいらっしゃいます。その人は殺伐となんか1ミリも感じてないんだと思います。人がそれぞれの現実を作ってるんですよね。
この辺りのコントロールを上手くできるようになって、本当にストレスから解放されました。昔の自分なら、そういう方がいる時間帯を避けたり、更にはそのジム自体に行くのを止めたりしていたと思います。
組織における人間関係も同じです。
簡単に他人を変えられるなら苦労はありません。
特定の人同士で、どうして、そんな言動を自分に対して取るのかと思ったり、何故理解してくれないのか、なぜこんなに腹が立つのかと感じたりすることがあります。
全ては自分で創り出している現実を前提に嫌な気持ちになっているのです。
自分が勝手に推測しているのです。
人は悩みに直面すると、今自分が見ている現実を前提に「闘おう」とします。
これでは、絶対に上手く行きません。
闘う必要は全くないのです。
まず、自分が見ている現実は自分が創り出していると意識します。
それができるだけでも素晴らしい一歩になります。
そして、自分がどのように現実を創り出しているかを振り返ってみます。
大きな音を出した、意図的にやっている。
こちらに対してイライラしている。嫌な奴だ。
何故イライラをぶつけられなければならないのか?ふざけるな、
というプロセスで考えているとします。
この考え方はよくありません。
そこで、違う見方をします。
大きな音を出した。粗雑な人なんだろうな。
ぎりぎりまで自分を追い込んで最後は力を使い切っているから大きな音が出ちゃうんだろうな。ストイックな人なんだな。素晴らしい。
このように考えてみます。
ホント楽です。
何か嫌なことがあっても、実はその現実は全て自分が作っているのです。
ここを意識するだけで人間関係が非常に楽になります。
皆さんは、自分の目の前の現実をコントロールできていますか?
部下やスタッフが見ている現実をコントロールする方法を指導できていますか?
是非、トライしてみてください。